流行色は2年前にすでに決まっている― それでも私たちが、その色を“素敵”だと思ってしまう理由

3 社会もよう

1. 「この色かわいい!」は、いつから仕組まれていたのか

お店で洋服を見ていると、「この色、今年よく見るな」と思う瞬間があります。
それは服だけでなく、バッグ、靴、コスメ、雑貨などにも共通して現れていて、
気づけばその色味にどこか惹かれてしまっている。
手に取る理由は特にないのに、なんとなく「かわいい」「今っぽい」と感じてしまうのです。

でも、その「今年らしい色」は、偶然流行ったわけではありません

実は、ファッション業界では“流行色”が2年前にはすでに決まっているのです。
つまり、私たちが「これ素敵」と思っている色は、
誰かが2年前に「この色を流行らせよう」と決めた色である可能性が高いのです。

不思議なのは、それを知らなくても、
ちゃんとその色を「今っぽい」と感じ、自然と惹かれてしまうこと。

自分で選んでいるつもりなのに、
どこかで「選ばされている」ような感覚。
流行の色に惹かれるこの現象は、いったいどこからくるのでしょうか。

2. 流行色はどうやって、誰が決めているのか

流行色というのは、自然発生的に決まるものではありません。
多くの場合、世界的なファッションやデザインの流れの中で、計画的に選ばれています

その中心にいるのが、「PANTONE(パントン)」のようなカラー・フォーキャスティング(色彩予測)機関です。
彼らは毎年、アート、映画、建築、社会情勢、気候、テクノロジーなどの幅広い分野の動向を分析し、
「今の時代に合った色は何か?」を世界中のブランドやクリエイターたちに向けて提案します。

たとえば、PANTONEが発表する「カラー・オブ・ザ・イヤー」は、
ファッションだけでなく、コスメ、インテリア、広告業界にも大きな影響を与えています。
その他にも、「WGSN」や「JAFCA(日本流行色協会)」といった団体も、
数年先を見越してトレンドカラーを決定し、業界内に共有しています。

これらの機関が選んだ色は、展示会やカラーパレット、デザインガイドラインなどを通じて世界中に広まり、
やがてアパレルブランドや雑誌、量販店の売り場に並ぶ製品へと形を変えていきます。

つまり、私たちがある色を頻繁に目にするようになる頃には、
その色はすでに“流行る色”として世界的に準備されていたというわけです。

3. なぜ“決められた色”を、自然に受け入れてしまうのか

誰かが数年前に選んだ色を、なぜ今になって「おしゃれ」「かわいい」と感じてしまうのか。
不思議に思えるかもしれませんが、そこには私たちの心と視覚の仕組みが深く関係しています。

人の脳は、“繰り返し見たもの”に安心感や親しみを覚えるという性質を持っています。
これは「単純接触効果」と呼ばれる心理現象で、たとえば最初は好みじゃなかった色でも、
何度も広告や商品棚、SNS、テレビなどで目にしているうちに、
自然と「見慣れたもの=好きなもの」へと感覚が変わっていくのです。

また、流行の色は必ず一つだけで登場するわけではなく、
ファッション雑誌、広告、店舗のディスプレイ、インフルエンサーの投稿など、
あらゆる場面で“今の空気”として一斉に提示されます。

すると、私たちは知らないうちに「この色、よく見るな」と感じ、
それを身につけることで自分も“時代と調和している”ような感覚を得るようになります。

つまり、惹かれているのは色そのものだけでなく、
その色を通じて得られる「安心」や「今っぽさ」、「ズレていないという感覚」でもあるのです。

「素敵」と思うその気持ちは、たしかに自分の感性のようでいて、
じつは繰り返し与えられた環境によって育てられた感覚でもあるのかもしれません。

4. 「好み」は本当に自分のもの?

「これは自分の好みだから」「昔からこういう色が好きで」――そう思って手に取った服や小物。
けれど、よく考えてみると、その“好み”がいつ、どこで育ったのかを明確に説明できる人は少ないかもしれません。

人の「好き」は、完全に内側から湧き上がるものではなく、
外から与えられた経験や情報の積み重ねによって育っていきます。

子どものころに着せられていた服、街で見かけた人の装い、
雑誌で見たモデルの着こなし、友達に褒められた色、
SNSで流れてきた投稿……それらすべてが、少しずつ無意識のうちに私たちの“好み”を形づくっています。

つまり、「私はこれが好き」と思っているものも、
実は長い時間をかけて“環境から刷り込まれてきた感覚”であることが多いのです。

それを知ったからといって、「じゃあ全部ニセモノだ」と決めつける必要はありません。
ただ“自分で選んだつもり”が、選択の枠そのものを誰かに作られていたということに気づくこと。
その視点を持つだけで、自分の感性や欲望との向き合い方が少し変わってくるはずです。

6. 自分で選ぶために、知っておきたいこと

私たちは、すべてを自由に選んでいるわけではありません。
けれど、すべてを操作されているわけでもありません。

色、形、デザイン、価格、口コミ、流行――
無数の選択肢の中で、何を選ぶかは確かに私たち自身の行動です。
だからこそ、「どう選ばされているか」を知ることが、自分で選ぶ第一歩になります。

もし、流行の仕組みを知らなければ、
「自分が本当に欲しいから選んだ」と思い込んで終わっていたかもしれません。
でも、その背後にある仕掛けを知っていれば、
その“欲しい”という感覚がどこから来たのかを、立ち止まって見つめることができます。

ときにはあえて流行を取り入れてもいいし、
逆に流されすぎないように一歩引いて見るのもいい。
どちらも、知っているからこそできる「選び方」です。

誰かが用意したステージの上に立っていたとしても、
そこでどう動くか、どう表現するかは自分次第。
選択の余地が少ない時代だからこそ、選び方にこそ感性が宿るのだと思います。

7. まとめ:知らなかった構造に気づいたその先で

私たちが「かわいい」「今っぽい」「欲しい」と感じる色やデザインは、
思っている以上に、あらかじめ用意された流れの中にあります。
その多くは、2年前にはすでに“流行色”として決められていたもの。
それを知らずに自然と惹かれていた――その事実には、少し驚きがあるかもしれません。

でも、それは決して悪いことでも、騙されていたわけでもありません。
大切なのは、「ああ、自分はそういう世界の中で生きていたんだ」と知ること。
そして、そのうえでどう感じ、どう選んでいくかを自分で決めていくことです。

私たちは、完全に自由でもなければ、完全に操作されているわけでもない。
社会の流れと、自分の感覚。
そのあいだで揺れながら、試しながら、ちょうどいいバランスを探していく。
それこそが“感性”であり、“センス”というものなのかもしれません。

誰かが用意した色の中で、自分なりの色をどう表現していくか。
その問いを持てること自体が、もうすでに“選ぶ力”なのだと思います。

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